First night



by 槇野知宏様



ここは都内某所にあるマンションの一室―――オレと美和子さんの新居・・・と言っても、美和子さんの実家。
美和子さんが浴室へ消えたと同時にオレはベッドの上に正座してある事を考えていた。

『お、落ち着け・・・い、いよいよアレだそ』

そう思いながらオレは、派手に鳴り響く心臓音のボリュームを落とそうとするが、落ちるどころか余計に響く。

「こういう状態で上手くできるのか、オレは?」

呟きながら髪の毛を掻き回したところで、気持ちが落ち着くわけでもない。

「今更“初めて”とは言えないし、工藤くんたちに聞くわけいかないよな・・・ハァ」

そのままオレはベッドに突っ伏してしまった。




ほんの少し熱めのお湯が頭上から降り注ぐ。お湯に打たれながら私はある考えに没頭する。

『どうしよう・・・やっぱりするのよね、アレ』

考えるだけで恥ずかしくなると同時に全身が熱を帯びて来たので、シャワーの温度を一気に下げた。

「もう夫婦なんだから覚悟はしてたけど・・・この歳で初めてなんて、ワタルくん変に思わないかな?」

そう言ったところで今から始まる問題が速攻で解決するわけがない。

「こんな事、蘭さんたちに聞けるわけないし、由美に話そうものならからかわれるのがオチだし・・・ハァ」

そう呟きながらシャワーの元栓を閉めた私は湯船に身体を沈めた。




「どうやってムード作れば良いんだよ・・・誰か教えてくれないかなぁ」

ブツブツと呟きながらベッドに突っ伏していると、ドアノブの音がしたので慌てて正座する。
ドアの方に目を向けるとパジャマ姿の美和子さんが立っていた。
湯上り直後らしく、上気した顔、ほのかに立ち上る湯気と石鹸の匂い・・・つい見とれてしまった。

「お、お待たせ。どうしたの、渉くん?」
「い、いえ・・・何でもないです」
「ふうん・・・何か隠してない?」

ベッドサイドに彼女が座るだけで心臓が跳ね上がる。それだけならまだしもオレを下から覗き込むから余計にタチが悪い。

「な、何も隠してませんよっ」
「ホント?素直に吐いたら楽になるわよ?」
「だーかーら、何も隠してませんって」

何気に美和子さんの方を見やると、表情が微妙に変わってる・・・ヤバイ状況だぞ、これは。

「じゃ、お仕置きね」

言うや否や、一瞬の隙を突いた脇固めを食らってしまった。逮捕術においては基本中の基本技だが、完璧に決まってるため痛い。

「ギ、ギブです。ギブアップ・・・言いますからロック解いて下さいっ」
「最初から包み隠さず言えば良いのよ。私たち夫婦なんだから」
「・・・あの、笑わないで聞いてくれます?・・・美和子さん・・・その・・・オレ・・・」

ハッキリと“オレ、初めてです”と宣言するのが恥ずかしく、この場から逃亡したいくらいだが、それで事態が進展するわけがない。

「ちょ、ちょっと渉くん。何、緊張してるのよ?」
「実はオレ、こういう事初めてで・・・」
「あのね、私だって初めてなんだからっ!まさか渉くん、私を軽い女と見てたんじゃないでしょうね?」
「そんな事、天地神明に誓って思ってませんっ!ただ、初めてですから、どうやったらいいか分からないんです」
「ワタルくんのバカ。私だって分かるわけないじゃない」

お互い顔を真っ赤にして見つめ合うと、彼女の顔は少し困ったような顔をして微笑んだ・・・オレも彼女と同じ動作をする。

「そうですね。これからゆっくりと分かり合えば良いんですよね」

そしてゆっくりと、唇を重ねる―――これが始まりの儀式だった。




ベッドに大人しく横たわった美和子さんを見ているだけで理性が吹き飛びそうになる。
ほんの僅かではあるが“このまま組み敷いたら”という邪まな思いがオレのどこかに残っていたが、彼女の両手がオレの頬に触れる。

「ねえ、渉くん。目が怖いんだけど」
「えっ・・・す、すみません」
「緊張するのは分かるけど、私も初めてなんだから・・・これが証拠よ」

美和子さんに導かれるまま、オレの頭部は彼女の胸に。耳に入ってくる早鐘みたいな音は紛れもない心臓の鼓動だった。

「ね、私が緊張している事が分かるでしょ。ワタルくんにはこれを取り除いて欲しいの」

頷いたオレは美和子さんに2、3度軽くキス。
最初は唇を合わせるだけだったが、舌を絡めながら互いの舌を舐め合っていく。
次第に絡め合う舌の動きが激しくなり、オレは何も考えずに美和子さんの舌を貪る。
口腔内で唾液が混ざる音が耳に響き、唇を離すと唾液は銀の糸を引いたかのように怪しく光っている。
潤んだ瞳、上気した頬―――その陶然とした表情を浮かべる美和子さんにオレはぞくりとなった。

「美和子さん・・・好きです」
「渉くん・・・私も好き」

言葉を交わして彼女のパジャマを脱がし始めるが、緊張しているせいか手が震えしまう。

『くそっ、情けないな』

そう思いながら、やっとの思いでパジャマを脱がせる事に成功した。




この気持ちを何て表現したらいいのだろう・・・渉くんにキスをされ、それに応えているうちに安酒に酔っ払った感覚が私を捉えた。
既に私は下着だけの姿となり、今まで私の唇を貪っていた彼のそれが首筋や鎖骨付近に当てられる。
軽く口付けられるだけなのに全身が燃え上がるように熱い。
ふと、渉くんを見ると私の方をじっと見ている・・・と、言うより何か考えているようだ。

「ど、どうしたの?渉くん」
「い、いえ・・・ブラジャーって、どうやって外せばいいんですか?」

一瞬、苦笑しそうになるが、本人にとっては真面目な話なんだろう。男性がブラを身に付ける事は絶対に無いのだから。

「後ろにホックがあるから、それを外せば良いわよ」

やがてブラが外されると今まで布地で覆っていた部分が外気にあたり、自分でも分かるくらいに心臓が高鳴る。

「や、やだっ・・・」

彼の手が私の胸に触れた。よくプライベートで蘭さんたちと一緒になる事が多いけど、彼女たちの胸見てたら羨ましいと思う。

『男の人は“胸が大きい女性が好き”って聞くけど、渉くんはどうなのかな?』

その間にも彼の右手が胸の突起に触れてそれを転がし、空いている左手は胸を揉む。
その都度、身体が震えるのを押さえきれない。

「あ・・・あんっ・・・渉くん」
「美和子さん、可愛いですよ」
「ホント?私、胸小さいし・・・」
「何言ってるんですか。オレは美和子さんの全てを好きになったんです・・・それにしても美和子さんにも可愛いところありますね」
「な、何言ってるの・・・渉くんのバカ」

渉くんの指の動きよりも“可愛い”って言われた方が、身体が火照るのが分かる。

「んっ・・・はぁ」

唇は胸に吸い付いたまま右手が下へと降りて行く。わき腹を辿って残った下着に手が掛かり、遂に脱がされた。

「は、恥ずかしいから見ないで・・・」
「じゃあ、サイドランプだけ点けときますか?」
「うん、ありがとう」




「ひゃあんっ!」

口と左手で胸、右手で美和子さんの秘所を愛撫していた時に、彼女の甘い声でオレは作業を中断する。

「ど、どうしたんです?」
「んっ・・・な、何だか全身に電気が流れたような感じ・・・まだ、震えが止まらないみたい」

右指を引き抜いてみると、しっとりと湿気を帯びているのが分かる。
美和子さんの顔を見れば、いつもとは雰囲気が違う。それを見たオレはある決意をした。

「美和子さん、そろそろ・・・良いですか?」
「うん・・・渉くん・・・優しくしてね」

彼女の細く引き締まった腕がオレ背中へ回される・・・そして―――

「ああああっ!!!」

まだ先の部分を挿入しただけだが、彼女の悲鳴にオレは動きを止めた。

「み、美和子さん・・・大丈夫ですか?」
「う、うん・・・大丈夫よ・・・痛っ!」

彼女の声と共に背中に微かな痛みが走った。オレの背中に回されている美和子さんの両手の爪が皮膚を切り裂いたのだろう。

「そ、それじゃ・・・全部入れますよ」
「うん」

ゆっくりと身体を前進させ、オレ自身を美和子さんの体内に全て挿入させる。
一端、動きを止めて彼女を見下ろした時、オレの顔から流れた汗がシーツの上に落ちた。

「美和子さん・・・」
「・・・渉くん」

しばらく見つめ合っていると、オレの頬を伝った汗が彼女の瞳から零れ落ちそうな涙に落ち、1つとなった雫はシーツへと落ちていった。

「それじゃ、ゆっくり動きますけど良いですか?」
「ワタルくんの言う通りにするけど、手だけ繋いでいて・・・」
「分かりました」

美和子さんの右手指に自分のそれを絡め、キスをしながら彼女に苦痛を与えないようゆっくりと動く。

「―――っ!!!!」

その時、意識の底から真っ白い何かが急上昇して来た。
それに飲み込まれた瞬間、オレは美和子さんの中に全てを注いだ。




目を開けた瞬間、私が感じたのは渉くんの優しい笑顔と髪を撫でてくれる指先の感触。

「大丈夫ですか、美和子さん?」

心配そうに見つめる彼に私は笑顔で応える。

「大丈夫じゃないわよ。責任とって私の胸枕になりなさい」
「胸枕?何ですか、それ?」
「あなたの心臓の音を聞いて眠りたいの。そうしたら渉くんが傍にいてくれるのが分かるから」

キョトンとしていた渉くんだったが、さっきの笑顔に負けない笑顔で応えてくれた。




終わり



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